ギャラリー「広島建物探訪」

ギリシャ神話でパンドーラーが好奇心から匣(壺とも)を開けたとき、一斉に数多の災厄の神々が解き放たれ、唯一人類の手元に残ったのが希望の女神「ELPIS(エルビス)」だった。

私は思う。「災禍の中から希望は生まれる。なぜなら人々がそう強く願うからだ」と。

タイトル【希望の女神】
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D7000
AF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR
24mm
F11 1/100 ISO100
マルチパターン測光 WB:5260K
撮影地:原爆ドーム


2月9日(木)仕事で広島へ取材に出かけた折、趣味の建物探訪を行った。
訪問から2週間が経過し、原稿も一段落したので写真を公開する。

前回の博多建物探訪はこちら
前々回の大阪建物探訪はこちら

各地の建物探訪だが、毎度日帰りのため、あまり時間を割けない(もちろん仕事もある)。
そこで今回は目的地を一つに定め、取材後の夕方~日没まで撮影を行った。

目的地はご存知、世界遺産(負の世界遺産とされる)「原爆ドーム」。ここには震災前にも訪れているが、今一度どうしても目にしておきたかった。




1945年8月6日AM、原爆ドーム横に掛かる橋を目標にB-29爆撃機より原子爆弾が投下された。
上空で炸裂した核爆弾の熱線と爆風により一瞬にして都市全域が消滅。
放射性物質の多くは爆発の猛烈な上昇気流により空高く成層圏にまで吹き上げられ、長期間人が住めなくなるような深刻な汚染は免れたと言われている(注)。
(注:とはいえ、大量の煤を含んだ「黒い雨」になって一部は地上へと降り注ぎ、多くの方々が今もなお原爆症に苦しんでいることは、周知の事実であろう)

やがて広大な焼け跡に無秩序にバラック街が築かれる。人々は決して復興を諦めなかった。
その後、広々とした直線道路が引かれ、路面電車が走り、街はシステマティックに区画分けされていく。
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歴史のある広島という街が計画都市然としているのは、戦前の建物の多くが失われたためだと思えば頷ける。

かつて軍事都市だった広島市だが、今や中国地方随一の商業都市となった。
あらゆる災厄を乗り越え、人々は何度でも立ち上がる。

一度は核兵器によって壊滅し、復興を果たした都市「広島」。
このまぎれもない事実は、人類が核エネルギーを利用・制御することの難しさ、その是非を含めて改めて我々に問題を投げかけている。

原爆ドームは災禍のモニュメントでもあり、同時に復興の象徴でもある。
度重なる存続の危機を乗り越え、1996年に世界遺産に登録。
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現在は保存に向けて耐震補強工事が行われている。
建物を覆うように足場が組まれているのがお分かりいただけるだろう。
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この建造物を残し、保存しようという機運に人の良心、そして未来への希望を感じることができた。
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by ume13years | 2012-02-22 23:19 | ギャラリー
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